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 特別管理人室


このページは管理人の近況報告なので、短時間で更新したい〜
                         

2015.10.8(木)

私はビビった!マジなビビり体験をした!

HERMESの腕時計が動かなくなり、地元の時計店は修理ができず、「じゃあ、ネットで修理可能なお店を探そうっと!」と調べたら、ネット専門の修理店を見つけたのだ。そのお店は意外に近いが店名は聞いたことがない。が、ネット専門なので知らなかったんだ、とふつ〜に思った。

連絡先の携帯に電話したら、発送のみの取り扱いと言われたが、車で20分で行けるので「行きます!」と半ば強引に持って行く事にした。

「近くに来たら電話を下さい」と言われ、指定された場所に行っても時計店はなかった。空き地で待ち「今、そこに行きます」と言われ、店主がどこから登場するのか、あたりを見回しながら待っていた。

すると空き地の奥の、茶色のトタンのオンボロアパートから、1人の男がこっちに向かって歩いてきた。そんな人はさて置いて、私は高級時計専門の修理屋さんを探していた。

その男が近くになるにつれ、その風貌が怪しい事に気付いた。汚いヨレヨレのジャーシを着て、髪がボサボサで半分白髪のロンゲだった。そんな髪型見たことない。「こっち、来るな〜!!!」私は怖くてビビって息をのんだ。

その人からは逃げたいが、私はスーツを着た、短髪で紳士的な店主を待った。一緒に行った母も、助手席で目が点になっていたが、おとなしく待っていた。と言うよりフリーズしてた。

アウト〜!!
その男は私に「持ってきた?」と声をかけてきた。マジかよ〜〜
時計を見せただけで直ると言われた。修理代は2,000円と言われた。続けていいのかよ〜〜
私は「中を見なくて、どの部品が原因が分からないのに大丈夫ですか?」「どんな部品でも2,000円ですか?」と質問した。「大丈夫」と返ってきた。

そして「この紙に住所を書いて下さい」と、何かの切れっぱしを出された。
その指先は、オジサンなのに赤いマニキュアが塗ってあった。「え〜〜〜っ」
スペシャル・アウト〜!!

ビビりながら足もとを見た。これまた汚いサンダルを履いていて、足の指にも色が付いていた。恐る恐る顔を見ると、ボサボサ髪は一部オレンジ色のシュシュでしばってあった。白・黒・赤・オレンジ・・・怖いよ〜〜

空き地で切れっぱしとペンを渡された私は、手は動かないが「その赤い爪は何ですか?」と口が動いてしまった。「お店はあそこですか?」と昭和初期のアパート(その時代にあったか・・・)を指さした。ここは手が動いた。怪しい男は返事はしなかった。

私は「やっぱり、修理は止めます」と言い、切れっぱしとペンを返した。その様子を見ていた母親が、車から飛び出してきた。「明美、頼んだのか!」「もう、帰っぺよ!」早く逃げ出したい感満々だった。

怪しい男を残し、今更だが、ここから急いで(もっと早く急げよ・・・)車に乗り、エンジンも駆ける暇がないほど急いで逃げた。お互い「怖かったな〜」を何度も言い合った。

その足で、他の時計店に立寄り事情を話したところ、国内では修理できず、パリに送って修理するしかないと分かった。期間も修理代も予想以上だが、今回は直すことにした。

そして数ヵ月経ち、やっと手元に帰ってきた。この事件から暫く経つが、母と私は「あの時は怖かった」と言う時は、この事件の事である。

2014.10.29(水)

家の近くに2013年7月に道の駅がオープンした。まくらがの里こがと言って、現時点では県内最大級らしい。先日まみちゃん(妹)と行った時に、2006年4月にオープンした栃木県の道の駅思川の話になった。これは、私達のアホさ丸出しの出来事なので何回も話題に出るのだ。

私はお隣の県の道の駅オープンなんて知らなかったが、妹情報で「じゃ、行ってみっぺ!」となり、両親と妹と4人で行ってみる事にした。オープン初日ということで、もの凄く大勢の人が来ていて、TV局も撮影に来ていた。TVカメラがあると、何だか近くをさりげな〜く通りたくる心境に駆られる。

特設会場ではステージがあり、そこでなにやらイベントが始まる模様。ワクワクして見に行ったら、観客席の横で長い行列も出来ていて、イベントに出場する人たちが並んでいた。ワックワックして聞いたら、しりとり大会が始まると聞いた。

妹と顔を見合わせた第一声は「どうせ決勝で合うから、別々のチームだな」だった。それ以外は話すこともなく、2人はさっさと離れて並んだ。見学するか、参加するかなど確認するすべもなかった。両親は、どうせ奴らは参加するんだろうと、既に観客席に座っていた。

1チーム5人で1位の人だけ勝ち上がるトーナメント戦、準々決勝でも1位の人だけ準決勝、更に1位が決勝に残るのだ。しりとり大会なんて出たことないが、ピーピー口笛を吹きたくなる程余裕をかまして順番を待っていた。目の前はテレビカメラが回っている。

妹も私も離れたチームでどんどこ勝ち上がっていった。そして2人とも最後の決勝の5人の中に入った。さあ、これから優勝者を決める盛り上がりMAXの状況となった。決勝に残ったあと3人を横に、妹は司会者にリズムが遅いと言いだした。そして”パン・パン・パン!”と手を叩き「この位のリズムにしましょう!」と仕切りだした。オイオイ・・・私は「この人は知りません。偶然決勝で一緒になった人です。」と知らんぷりをした。

そんな知らない人は放っといて、5人のしりとり合戦が始まって、1人脱落、また1人脱落、とうとう残ったのは妹と私になり、2人の一騎打ちになったのだ。しりとりはトントントンと続き、今までと同じゲームとは思えないくらい素早く単語が飛び交った。私はヤバイ事を言わなければ優勝すると思っていたけど、妹も同じだったのか。後から生まれたくせに生意気だ。

この後は会話で説明します。

妹 「するめ!」
私 「めくそ!」
司会者 「こちらにどうぞ・・・」 私は静かにステージ袖に連れて行かれてしまった。

盛り上がった決勝は何事もないように終わり、「この方が優勝です!」と妹を讃えた。私は準優勝です!とも言われず姿を消された。階段から降りたら大きな箱に入った賞品は貰えた。チッ・・・

妹はテレビカメラも気にせず司会者のインタビューに答えている。ステージから両親に手も振っている。父は手を振り返したが、隣の母は知らないふりをした。家系で時々知らないふりをする遺伝子があるのか。。。きっと優勝した妹より、めくそ!と言ってしまい、犯人のように連れて行かれた私の事が恥ずかしかったのかもしれない。

2012.5.16(水)

寝不足で一週間に4回も金縛りにあっているけど、めげずに更新するぞ。
さてさて、随分前に競馬馬の名付け親になったけど、レースに出るまでが長くて忘れてた。やっと走れるようになって、去年一回だけコッソリ見に行った。それがこの可愛い目のヤツです。その後は全然行ってません。

名前? もちろん、『サクラオイデ』 だっぺよ〜


 
2009.1.10(土)

う〜ん、今思えば、このページは、最初は頻繁に更新してて、それも上書きの繰り返しで、記録に残さなかったのが惜しかった気がする(ー_ー) でも、色んな事を書けたので、ある意味正解だったのかも。このページを開けるたびに、上書きにするか今だに悩むのだ。

てなわけで、今日は、母のアッシーで、親戚の年始挨拶に行った時、移動時間で聞かされた説教や現場での出来事の報告なんだけど、雅子妃殿下が大勢の群衆の中で、うちの母に手を伸ばして握手したことを「人を見る目がある」と豪語してた事はどこかで書いたけど、そんな母のことは上手く表現できるか心配なので、会話で書き綴ることにします。!
 
 私「わかってるよ!」(なんだか注意された)
 母「親のいう事は聞くもんだよ。、『親の意見とナスビの花は千に一つの無駄もない』って
   言うんだから。」(何回も何回も聞いたよ)

 私「いろんな人がいるよね〜」(なんかの話をしてた)
 母「でも、人を見くびっちゃダメだよ。『人の見下げと馬の見下げはするもんじゃない』って
   言うんだから」(馬ってなんだよ・・・)

 母「XXさんから、色々な揉め事を聞くんだよ。だから私も信用してるんだ。」
 私「あんまり言わない方がいいよ。今はそうかもしれないけど。何かあったらわかんないし。」
 母「そうだな〜『人の心とこんにゃくの裏表はわからない』って言うからな」(こんにゃくは予想外)

 母「殿様から、灰(物を燃やした後の灰)で作った縄を持って来いと言われました。
   さて、アケならどうする?」(へっ?いつのまにかクイズになってるし)

 私「もうすぐ着くけど、12時だよ。お昼食べに来たと思われるねぇ。」(ご馳走になりたいけど)
 母「ほだな。この近くで車止めて、ちっと待ってから行くか?」(私より馳走になりたいと思っている)
 私「ナビで見たら、近くに駅があるから行ってみっぺ!」

 私「見て!すごいちっちゃい駅だよ。」(建物の幅が2mもないと思う)
 母「駅じゃねぇんじゃねえの?ホラ、あっちが駅じゃねぇの?」(駅前のアパートを指差す)
 私「駅って書いてあるじゃん。ジュース買って来ようか?」(唯一の自販機を指差す)
 母「いいよ、お昼出たら食べられなくなっから」(じゃ、なんでここで待ってるのか)
 私「持ってきたオロナミンCでも飲むべっと!」
 母「ちっとにしろ」(だから・・・)

 母「ごめんください。年始の挨拶に来ました。」(普通に話せるじゃん) 
 親戚「どうぞ、あがってって下さい。」(上がる気満々だけど)

 親戚「お昼食べる?お寿司でもとる?」(魚は実家の商売品ですけど・・・)
 母「いえ、結構ですよ。お昼食べて来たんで」(そうきたか)
 親戚「あら、もう食べて来たの?」(食ってない・食ってない)
 母「いえ、朝ごはんが遅かったので」(急に方向性を変えるな)
 親戚「遅かったって、何時ごろ食べたのよ?」(もう、そっとして)
 母「8時か9時かな」(ドキッ! 8時じゃしっかり4時間半経ってるよ)

 親戚「まあ、お茶でも」(この先の展開を決めて欲しいが)
 母「気を使わなくて、結構ですよ。」(オロナミンCも飲ませなかったくせに)

 母「このお煎餅美味しいですね。」(いつも”うんまい”って言うくせに)
   「アケもよばれたら?」(もう、最中の方食べてるよ)

 親戚「餅でも食べる?」(食べる、食べる)
 母「すみません。じゃ、1個ずつ貰おうかな。」(へっ?まだ続いてんの?)

 母「美味しい餅ですね。」(2個ずつ食べて、その一言で更に焼いてくれた)

 まだまだあるけど、長くなるからこの辺で終わりにするのだ。

2008.3.12(水)

ふぅ〜〜〜
ポツリポツリ更新ですみませんm(__)m 私は毎日ヘニョヘニョモードだけど、さくらはいたって元気です!
毎日食べて、遊んで、寝ています。サンライズに応援手紙を書いただけあって(関係ないけど)、”ほねっこ”も復活し、やっと安心したのだ(^o^)

とろろこぶで、イヤ、ところで、今日の更新サボリのお詫びネタは、神奈月さんとのツーショットにしますv(^▽^)
神奈月さんは、気取りもなく、優しいお方です。仕事ネタはぶっ飛んでるけど、それ以外はあまりずっこけないのでそのギャップを感じたのだ。

 
2007.11.30(金)

今日は例のブツを自慢しますv(^▽^)
事の発端は、引越時に、森永チョコボールの銀のエンゼルが4枚出てきたことから、始まったのだ。
「あれっ?あと1枚でおもちゃの缶詰が貰えるじゃん!」そう思って、1ヶ月に1回位はチョコボールを1箱ずつ買っていた。そこで改めて箱を見ると、『発売40周年企画 黄金のキョロ缶当たるクエッ』と書かれているのに気づいた(@o@!) 

さあ大変! こんな悠長な買い方をしている場合ではなくなったクエッ!どうしても黄金のキョロ缶が欲しい〜。でも締切日の8月末迄もう少ししかない(;_;)皆に声をかけーの、友達にメールを送りーので、一人も持っている人がなく、また平日は遅くまで残業していて動きがとれず、手立てがなくなった。

ネットで当り箱の印刷の微妙な違いを勉強し、2箱買ってきたけど、エンゼルは登場しなかったのだ。もう、最後の手段で前日1カートン買い、やっとキラリ輝く銀のエンゼルを2名様お迎えする事ができたのだ。1カートンで1枚は必ず当り箱があると言う話は本当だった。締切当日消印のギリギリセーフで郵送できた。商品発送は約1ヶ月か・・・「楽しみだにゃ〜、あ〜こりゃこりゃ」

しかし、1ヶ月経ってもブツが届かない。送った封書の宛先が森永のカンヅメ係なので、もしや郵便やさんが「しめしめ・・・」と自分の名前で入替えちゃったのかな・・・と、ちと思ったりした。森永に連絡し、今回はかなり多くの応募があったので遅れているとの返答を貰ったので、おとなしく待っていた。

2ヶ月以上経過し、帰宅時宅配業者のご不在連絡表を見つけ、職場に転送依頼して、やっとキュロちゃんが宅配のお兄ちゃんに連れられてきた。「お待ちしてましたっ♪」仕事中そそくさと開封し、皆に自慢した。シール・スタンプ、コマ、チョコボールケース等のちゃっちいグッズが6個入っていた(^^;)でも、大事にしようっと!

   

それから、当り箱の印刷をじっくり比較して、微妙な違いを発見したのだ。これが正しいかどうか、当面チョコボールは食べたくないので、確信をとってないのだ。

そうそう、私は過去に2回おもちゃのカンヅメをゲットしているのだ。なんせ、家でチョコボールを売っていたので、当時はエンゼルを苦労せずに集められたのだ。箱のクチバシの部分を潰し、印刷を覗いて当り箱を見つけていたのだ。だから、家で売っていたチョコボールは、み〜〜んな箱の上が潰れていたけど、だぁれも私が犯人だと知らないのだ。じゃんじゃん。
2007.1.13(土)

TVネタについていけない私だけど、動物や自然・ドキュメント番組は大好きなのだ。でも、ものまねやお笑いも好きっ♪これは古賀シュウさんです。全日本そっくり大賞で優勝経験もあるシュウさんは、鈴木雅之や武田鉄也をはじめ、沢山のものまねができてみんな上手いし、面白い(^O^)

私もものまねのレパートリーは結構あり、得意なのは熱中時代の主題歌で「ぼくらの先生」なんだけど、小梅太夫や職場の人も似ているんだけど、自慢する機会がない。あっ、そういう話ではなく、シュウさんはとってもいい人なので、是非応援して欲しいしと思います。

2006.1.10(火)

怖いけど、言いたい!衝撃的な出来事があった!
イヤ〜、おいらは数十年ぶり?に(おっと、年がバレる。機密事項だった!)、中学校の同級生と会ったのだ。昨年秋に卒業以来始めての同窓会があり、私は出席できなかったが、その盛り上がりの延長で1月7日に新年会をやったのだ。再三の誘惑に、おいらは行く事にしたのだ。

午後6時半集合との事で、5分前に会場の寿司屋に着いたが、だ〜れも来ていないやんけ!(`_´)出席者が誰かも知らず、勿論電話番号も知らない(;_;)、唯一メルアドを知っている子に「誰も来てないじょ〜」とメールを入れたが、返事も来なかった。。。仕方なく一人でテーブルの上の鍋の蓋をパカパカ開けたりして20分が経過した。

やっと、誰かがお店に入ってきた!「こんばんは〜」「へっ!誰?」もしかしてコイツは、間違って来てしまった他のクラスのヤツかもしれない。次々と出席者らしき人がやって来た。ちゃんと挨拶しているから、ドッキリカメラじゃないらしい・・・

すぐに昔に戻り、当時悪さした話や、アホな事ばかり言い合って、笑ってばかり。菜箸だってバキバキ折るくらい太ってしまったくせに(私もか・・・)あらまぁ、箸が転んでもおかしいじゃあ〜りませんか!みんなお酒なんか飲んで、大人になったんだ・・・学ランや制服で愛車はチャリンコだけだったのに〜!みんな変わっていてびっくり(@_@)そんなに変わったら、どこかに罰金を納めるべきではないのかな〜

二次会はカラオケで盛り上がった。楽しかった!と言うかすんごく面白かった!久々ではなく、ずっと付き合ってきた感じがする。みんなそれぞれの道を歩いているけど、こんなに面白いとは!毎日楽しく過ごしていた時代の延長なんだろうな〜

   二次会にて


次の飲み会も決まったのだ。
2005.8.7(日)

久々の更新だいっ!
毎日忙しなく動いている私は、何の進歩も無く今日また年をとってしまったのだ。えらいこっちゃ(*o*;)
自分が年をとってイヤな事があって、更新をサボっていたお詫びもあり、今日はその本音を公表するのだ。

私の名前はみんな気づいていると思うが「明美」なのだ。決して「アケ子」とか「アケ次郎」ではない。
「アケ・キャロライン」でもない。えっ?そう思ってた人は、ある意味偉いぞ!ちゅーわけで、みんなに「アケ」と呼ばれているのだ。

そのイヤな事とは、名前を聞かれた時なのだ!「どんな字をお書きになるのですか?」と聞かれた時だ。昔は「明るくて美しい!」と堂々と言えたものだ。あぁそれなのに、なんだか最近一瞬詰まってしまうのだ。いい年こいて、「明るく美しい」なんて言えなくなってしまったのだ。たかが名前の字なのに・・・

「明治の明に、美酒の美」って言おう!と思っているのに、この切り替えも勇気がいるのだ。美酒も変だけど美川憲一の美でもおかしいし・・・そんなこんな年頃なのだ。


   北野大さんと


HPサボると、次もお詫びのネタ出るかと思うが、そうはいかないのだ。